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食いしん坊の秋。芸術の秋。

突然の食欲に自分を抑えられない。という方もいらっしゃるかもしれません。わたしもふたばのみんなも自分とこの欲に日々戦っているこの頃です。

さて日曜のお休みに私用で京都まで行ってきました。バタバタと買い物もせずに帰ってきたのですが、何だかどうしても素通りできないガチャポンを見つけてしまい、気がついたら財布から300円探し出していました。がちゃがちゃとレバーを回すと水色のボールがころん。ガチャポン君の中にこんなメッセージがはいっていました。

「人間は、ひとりでは絶対に生きていけない。誰もが自分を理解し、昂めて(たかめて)くれる相手を求めていることは厳然たる事実です。芸術や美の世界は大へん孤高(ここう)なるものではあるけれども、自分の作品を認めてくれる友人がいれば、それはどんなに幸せなことでしょう。」

この2、3年で「アート」という言葉の意味が私のなかで大きく変化してきています。以前は「アート」=「芸術」「絵画、彫刻などの作品」と認識していました。それが「表現すること」「表現したことによって受け止めてくれた人に起こる変化。革命」という意味を含んでるいるように感じてきたのです。『物質的』から『形のない変化』に変わった訳です。(あくまでわたくしごとです)捉え方が変わりわたしはどうなったかというと自分が「アーティスト」だと思うようになりました。「サンドイッチ」というモノを通しお客様に確かに何かが伝わっているように日々感じています。伝わっていることが、「おいしい」「うれしい」「わくわく」かもしれないし「あんまり好きじゃない」かもしれません。いいことも悪いことも含めて私たちが作り出したモノはお客様の何かに反応している気がするのです。もちろん「好き」ばかりだとうれしいですが「万人においしいモノ。」などこの世には存在しないとも思っているのでそうじゃない時も受け止めたいと思います。でもお金を使ってわたしたちの作り出す「サンドイッチ」を求めていただき認めてくれる人がいるということはどんなにか幸せなことだろう。

わたしの世の中は「アート」に溢れています。読み聞かせをするお母さんもわたしの中ではアーティスト。その形ない表現は子供の心に一生刻む革命を起こせるんじゃないかなんて思っています。